まさひろ酒造所
うまさひろがる まさひろ酒造
瓶踊りで有名なまさひろ酒造♡
「瓶踊り」朝礼後の日課らしいですよ。沖縄タイムスの取材動画があるのでぜひご覧ください。
1883年創業されているので今年(2017年)で創業134年という老舗の蔵元。歴史も感じますが、様々な研究や挑戦をし続けている酒造所です。
創業当時は琉球王国の城下町である首里で創業しました。1879年に琉球藩は沖縄県になる廃琉置県が行われ、創業当時は琉球処分真っ只中の時代です。
創業者は比嘉昌文ですが父親である比嘉昌続の王より授かった「包丁比嘉(ホウチュウヒガ)」の屋号と「筑登之親雲上(ちくどぅんぺーちん)」の冠位、泡盛製造免許のもと泡盛製造を始めました。父親の昌続は首里王府で料理長職をされていてその腕前を高く評価されたそうです。
筑登之親雲上は現在でいう係長級の身分で当時の下級士族で黄冠を被り銀の簪を使用していました。琉球王朝時代、身分制度がしっかりしかれ冠でその身分が分かるようになっていました。聖徳太子の冠位12階みたいですよね。
琉球王朝時代、泡盛造りは王府の厳しい管理下で行われ、首里三箇といわれる3村(赤田、崎山、鳥堀)で40家のみ認められていました。まさひろ酒造(当時は比嘉酒造)は首里三箇の中の鳥堀で創業されました。当時、泡盛造りはある意味命がけで、失敗すれば家財・醸造機具没収や島流しの刑が課せられたと言われています。
昌文は泡盛製造と同時に豆腐の製造販売も行っていて、にがりを入手するために与那原に通っていました。その与那原でやんばるから入港する船より泡盛製造に使用する薪を購入し、泡盛を販売していました。そのことで沖縄の北部でもまさひろの泡盛が飲まれるようになりました。
大正元年には2代目の比嘉昌源へと引き継がれ泡盛全盛期を迎えますが沖縄戦で焼失してしまいます。
戦後、3代目の比嘉昌廣は与那原で再スタートします。昌廣は名前を読みかえた「まさひろ」と名付けた泡盛を製造し代表銘柄としました。昭和42年に首里の石嶺へ工場を移し設備を近代化させ初めて低温醗酵による製造を導入しました。まさひろ酒造の挑戦する姿勢はこの時代から生まれたのでしょうか?
昭和54年、4代目に比嘉昌晋が就任。様々な形で泡盛の市場開拓に努めました。日本で初めて泡盛を郵便局で全国に発送できるシステムを作ったり、初めて泡盛を国際品評会へ出品して金賞を受賞したり、他社に先駆けて泡盛ワンカップ、紙パック入り泡盛の発売したりしました。社会を見通し、初めてのことに臆することなく挑戦し続け、しかも成功させた力強い時代ですね。
平成26年より新城満が代表取締役社長に就任しました。これからのまさひろ酒造の動向が気になるところです♡
まさひろ酒造を調べている内に、そのアグレッシブさに感銘を受けたので歴史を本やサイトを参考にまとめてみました♡
以下は酒造所見学の報告ですよ。
今回、見学の際に説明していただいた安里さん。何処かで会ったような…。人違いかな?などと思いながら説明を聞いていました。
酒造所を見学すると、まず始めに原材料である米の説明と黒麹菌の説明は必ずと言っていい程されます。それほどに重要なのです!泡盛が泡盛である条件の1つに黒麹菌を使用するとありますので♪
みなさま!黒麹菌が生えた米(麹)を拡大して見たことありますか?
米のまわりにチョンチョンと黒い点々が見えますか? そうです。これが黒麹菌ですよ♡ 見たときはテンションあがりました!(見せてくれますので、見学の際はぜひご覧になってくださいね)
まさか、このサイズの麹菌を想像しましたか?このサイズはなかなか難しいですよ〜。光学顕微鏡を使わないと見えません。↓こんな機器。
双眼タイプは慣れないと難しいですよね。学生の時にスケッチで何度もお世話になりましたが、初めの頃は「見る」こと自体が難しかった。ズレると見えないんですよ。見えていたはずなのに真っ黒になったり、片方は見えているのに片方見えないとか、画像を上手く重ねられないとか。って話がズレてる笑
黒麹菌の頂嚢の部分(こんもりしている部分)に胞子(黒い球状)がびっしり付いていますね。そうです黒麹菌が黒いのは胞子の部分だけです!これ意外に大事です♡ この生体を利用した泡盛もあるので今後のブログに書きたいと思います。
まさひろ酒造の回転ドラム。かなり大きい印象を受けました。そりゃあそうです、なんと1つで1.5tの米を扱えます。小さな酒造所で使用しているのは大抵500kgなので3倍ですよ!! それを1回で2つ稼働させるみたいです。大きな酒造所はやることもでかいです。
製麹機(円板型製麹機)です。そう、三角棚ではないです。この製麹機、新里酒造さんでも使用されていましたよ。何で円盤かというと…
中が円型なんです。歯の付いている鉄棒の下に米麹が入ります。大量の米麹を均一に製麹するのに重宝するようです。温度・湿度管理も自動で行えます。なんてハイテク! まさひろ酒造のサイトで動画で稼働した製麹機の様子が見れましたよ♡
仕込み(醪づくり)。穴が空いている下にタンクがあります。
そして、初めて醪を味わうことができました♡ 泡盛独特の香りと甘い香りがしましたが、味わうと酸味がやはり強く感じました。酸っぱい→甘い→酸っぱい!! 黒麹菌が発酵の際にだすクエン酸をしっかり感じることができました。レモンが酸っぱい原因でもありますクエン酸(ビタミンCはあまり酸っぱくないです)疲労回復効果でも有名ですね♪
今回の見学で驚きの1つがこれです。醪を自動で撹拌している様子です。
思ったより激しくないですか?棒で優しく混ぜている印象があったので、こんな感じでいいんだ〜と新鮮でした。
蒸留器。常圧蒸留器と減圧蒸留器の2つがあります。しかもこの蒸留器は自動制御できます。どのくらいの熱でどのくらいの時間をかけるかを設定できます。電子パネルは企業秘密かと思い、写していません。完璧に思えるこの全自動蒸留器にも弱点があるみたいで、夏の暑さには負けてしまうことがあるようです。あとは台風前、停電の危機が差し迫っている時には稼働させないとのこと。
貯蔵にはタンク・甕・樽があります。大きなタンクが工場内にありました。通称「千年タンク」なぜ千年かというと、1日150ml飲んでも千年かかるということから名付けられたようです。そして甕がいたる所にありました。糸満工場に移る前の石嶺工場を古酒蔵として使用しているので甕や樽がこれ以上に存在することになります。ニヤけますね♡
思い出しましたよ!案内してくれた安里さん。なんと泡盛マイスターの講義を一緒に受けていたんです。毎回の講義にまさひろ酒造のポロシャツを着けてちゃっかり宣伝していました♡思い出せてスッキリ〜
大学では沖縄の歴史や芸能等を勉強していたようで泡盛に興味を持ち、就職したいと思っていたけど求人が出ていなかったということで北部の酒造所から片っ端に電話をかけたようです。ほぼラストに近かったと思いますが、めでたく、まさひろ酒造に就職できたと語っていました。生き生きと熱心に説明している姿を見て本当に泡盛が好きなんだなと思いました。元々が文系だったので泡盛製造にあたり生物学(特に微生物)や化学の知識が必要になったことが苦労したことだと言ってました。私は逆に化学・生物が大好きでした♪
そして、嘉手苅さん。去年の11月1日、イオンモール沖縄ライカムで泡盛・焼酎の日のイベントがありましたが、その時に酒造所見学をしたいとお伝えしたところ、いつでも連絡をくださいと名刺をいただきました。あれから月日は過ぎましたが、やっと実現しました♡ 丁寧な対応に感謝いたします。
抱えているまさひろの一斗瓶。瓶です!! 重かった...。安里さんが持っているのはヤム芋で造った焼酎「天恵のしずく」芋焼酎のポティト〜感がしっかりありましたよ。
ちゃっかり頭に一升瓶乗せてみました。そう、乗せただけ。手を離すのがやっとです。踊るなんて考えられな〜い。
見学日:2017年03月11日
文:泡盛マイスター 新里 葵
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